大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和44年(オ)752号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人松島政義の上告理由第一点ないし第三点について。

原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)によれば、上告人は、原判示のような経緯があつたのち、訴外野瀬泰三との間で、同人が原判示の訴訟事件において、真実を証言し、供述したならば、同人に対し金一五〇万円を支払う旨を約し、その後、野瀬が、原判示の東京地方裁判所昭和三九年(ワ)第一〇〇〇七号事件の昭和四〇年六月五日午後二時の第五回口頭弁論期日における同人の本人尋問において真実の供述をしたので、上告人は、同日、野瀬に対し金一五〇万円を支払い、その後、野瀬は、原判示の東京北簡易裁判所昭和三九年第一一号事件の口頭弁論期日においても、右同様の真実の証言をしたのであるが、上告人が、かように右金員をもつて購つたのは、野瀬泰三の証言であつて、右金員が、所論の各書類の交付を受けこれを利用しえたことの対価ではないというのであつて、原審の右認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、首肯できないことはない。上告理由第二点および第三点は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰するか、原判決の認定にそわない主張であつて、採用することができない。

つぎに、およそ裁判所は、訴訟物たる権利または法律関係の存否につき判断するに当たつては、民訴法その他の法令の定めるところに従い、当事者双方に攻撃防御の方法を尽くさせ、事実上の主張につき争いがあるときは、当事者の提出にかかる各種の証拠方法を取り調べた結果に基づいてその真否を判断し、かくして確定された事実に法を適用し、もつて原告の請求の当否を判定するのであり、ここに判決によつて裁判所の公権的判断が与えられるのである。私人の正当な権利は、最終的に、かような民事訴訟の手続によつて、その保護が図られるべきものとされているのである。したがつて、右手続において取調べを受ける証人および当事者本人(以下、証人等という。)が、真実を陳述しなければならないことはいうまでもないことであつて、宣誓をしながら虚偽の陳述をした証人等に対しては、偽証罪としての処罰(刑法一六九条)または過料(民訴法三三九条)の制裁が用意されているばかりでなく、証人等の虚偽の陳述が判決の証拠となつたときは、右判決が確定したのちにおいては、再審の訴をもつて不服を申し立てることができるとされているのである(民訴法四二〇条一項七号、二項)。

ところで、かような観点からみると、証人等が虚偽の陳述をしたため、一方の当事者が、自己に不利な判決を予測するにいたつたが、その後、証人等が翻意して、右当事者に対し、改めて真実を陳述する旨申し出るとともに、その対価として金員を要求した場合、右当事者が、自己の権利を守るため必要であると考えて、右証人等との間で、真実を陳述することの対価として金員を支払う旨の契約を締結したとしても、右契約は、いわゆる公序良俗に反するものといわなければならない。けだし、前述したように、証人等が真実を陳述しなければならないことは、もともと当然のことなのであつて、ひとたび虚偽の陳述をした証人等が、改めて正当な行為にでるに当たり、その対価の授受を約するようなことは、証人等に対し甚だ不当な利益を与えるものとして承認しがたいからである。そして、右当事者の権利の保護が問題ならば、それは、新たな証拠の提出その他与えられた手続を活用し、判決が確定したのちは再審の訴によるなど、法定の手段にまつべきものというべきである。

いまこれを本件についてみるに、原審が、前述のとおり適法に確定したところによれば、上告人は、野瀬泰三が当初虚偽の陳述をしたのを翻意して真実を陳述することの対価として金一五〇万円を支払うことを約し、同人が前記本人尋問において真実を供述したのち右金員を支払つたというのであるから、上告人の右出捐行為は、公序良俗に反するものといわざるをえない。そうすれば、右出捐行為は、法の保護を受けるに値しないものであるから、上告人が右出捐によつて被つた損害も、その賠償を求めることは許されない性質のものというべきである。右と同趣旨の原審の判断は、正当として是認することができる。それ故、上告理由第一点の論旨は、排斥を免れない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本正雄 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 飯村義美 裁判官 関根小郷)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例